屯田掲示板
[トップに戻る] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]
おなまえ
Eメール
タイトル
コメント
参照先
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
パスワード (記事メンテ用)

[106] 『西南の役関係文献目録』刊行しました 投稿者:菖蒲和弘 投稿日:2017/08/31(Thu) 10:47  

西南の役140年を記念して、菖蒲和弘編『西南の役文献目録−西南の役140年、調査・研究の歩みとその成果−』(A5判、105ぺージ、平成29年8月31日発行、熊本・自費出版、定価1200円)を刊行しました。明治10年から平成29年8月31日までに書籍・記録化されたもの収録、さらに官軍・薩軍・北海道開拓使屯田兵をはじめ81項目に分類、目録化したものです。西南の役に関する文献はほぼ網羅しています。普及版はA5判、ちょっと活字が大きなA4判の2種類あります。もし、ご希望の方はメールアドレス:kazuhiro3214@outlook.jpまでご連絡下さい。


[105] Re:[104] [103] 明治10年屯田兵出征日記などについて 投稿者:菖蒲和弘 投稿日:2017/07/31(Mon) 13:22  

さっそくご教示ありがとうございます。申し遅れましたが、私は熊本県人吉市在住で西南の役、とくに屯田兵のことについて調査・研究しております。山江村歴史民俗資料館に勤務しており、特別展「知られざる西南の役−薩軍・官軍・屯田兵は、その時どうした−」を企画・展示しました。札幌市西区役所からは屯田兵の軍服を借用、展示しました。お陰様で九州各県から来館者があり、屯田兵の子孫の方も20人ほど来館され、坂本村・山江村・人吉市の戦闘地をご案内したこともありました。平成17年8月27日〜9月4日開催の「かがやけコトニ屯田兵の里まつり」に訪問したさい、琴似神社所蔵の出征日記(未刊)の閲覧をお願いしましたが、宝物で門外不出とのことで閲覧できませんでした。西南の役から140年経ちます。どうか出征日記に日の目を当てて頂けないでしょうか。お願いいたします。



さっそく> 白石林武著『白石林武手留』は、網走監獄保存団体編の『北海道集治監勤務日誌』(北海道新聞社刊)に全文収録されています。
>
> 伊藤左膳著『明治十年屯田兵出征日記』は、北海道屯田倶楽部の会員が調査研究の対象としておりますが、解読・活字化されたものはないと承知しています。


[104] Re:[103] 明治10年屯田兵出征日記などについて 投稿者:編集室 投稿日:2017/07/30(Sun) 20:55  

白石林武著『白石林武手留』は、網走監獄保存団体編の『北海道集治監勤務日誌』(北海道新聞社刊)に全文収録されています。

伊藤左膳著『明治十年屯田兵出征日記』は、北海道屯田倶楽部の会員が調査研究の対象としておりますが、解読・活字化されたものはないと承知しています。


[103] 明治10年屯田兵出征日記などについて 投稿者:菖蒲和弘 投稿日:2017/07/30(Sun) 18:52  

初めてコメント致します。8月10日に『西南の役関係文献目録−調査・研究の歩みとその成果−、明治10年〜平成29年』を発刊するため、最終チェックしております。以下、北海道大学附属図書館所蔵の@伊藤左膳著『明治十年屯田兵出征日記』A調所廣丈著『調所廣丈官途日記』B白石林武著『白石林武手留』C中村矩成著『函館日誌』の4点、解読・活字化されていますでしょうか。もし、ご存知でしたらご教示下さい。


[102] 祖父は屯田兵か・・・ 投稿者:佐武 進 投稿日:2017/06/07(Wed) 17:56  

初めてこのコーナーに、投稿させて頂きます。
故郷北海道を離れて丁初度50年に成る道産子です。昨年、兄達が祖父・母が入植時富山県から持込んだ仏壇のリフォームをした際に祖父が書いた征露日記(明治37年〜39年約90頁)を知り第7師団砲兵隊所属の出兵から帰還まで綴っていました。小生の父も母も富山県生まれですが18歳で上京した小生は祖父の事は遺影を見た事以外に何も知りませんでした。
社会人に成ってから先祖さんは武士かなと勝手に思っていました。ひょっとして屯田兵とも思い調べている内に、このコーナーを知り見せて頂きました。富山県砺波出身者の名簿には出ていなくて、屯田兵でなくても出兵されたのか父親も書けない毛筆の日記を何故書き残していたか謎が多く知りたくて投書致しました。
今度帰郷した際に勉強させて頂きたいので、屯田記念館を是非お尋ねさせて頂きます。よろしくお願い致します。


[101] 元自衛官の経歴詐称 投稿者:山本十三二 投稿日:2017/06/02(Fri) 13:39  

河内 隆匡と名乗る者がFacebookで色々な事を書いて居ます。自己の退職時経歴を3佐と名乗りました。この掲示板に登場している河内氏と同一人物かは定かではありません。Facebookで経歴詐称している人物は、他人を誹謗中傷しています。そして結果、陸上自衛隊工学校生徒、航空自衛隊生徒の品位を貶めました。また、彼の属しているグループの主は、過去Tシャツ販売で金を受け取りながら品物を送らなかった、靖国神社献灯で募金を募りながら収支報告がなされなかった等で監視されている人物です。十分な注意をお願い致します。 航空自衛隊生徒10期生 山本十三二


[100] Re:[97] [96] 前田角太郎と堀口克己について 投稿者:屯田兵村 投稿日:2017/04/08(Sat) 22:23  

角太郎さんのひ孫なんですね! びっくりです。
私は角太郎さんの弟の新寿郎さんのひ孫になります。
祖母の兄は亡くなりましたが、佐賀におり、以前札幌などルーツを訪ねてきた時に、そちら様のお父様をたずねたかもしれません。

祖母はひいおじいさまにとっては姪っ子になったのでしょう。
角太郎のひ孫さん、投稿者の屯田兵村をクリックから、一度オフラインで連絡いただけないでしょうか?



[99] Re:[98] メールは見て頂けておりますでしょうか? 投稿者:編集室 投稿日:2017/01/18(Wed) 17:38  

> サイトの最下段右のメールから、12月と先程、2度メールを入れましたが、見て頂けましたでしょうか?

いずれも管理者より返信させていただきました。受信メールをご確認ください。
ご確認できない場合は、お手数ですが、再度下記アドレス宛にメールしてください。



[98] メールは見て頂けておりますでしょうか? 投稿者:西谷英毅 投稿日:2017/01/18(Wed) 16:53  

サイトの最下段右のメールから、12月と先程、2度メールを入れましたが、見て頂けましたでしょうか?


[97] Re:[96] 前田角太郎と堀口克己について 投稿者:角太郎のひ孫 投稿日:2016/11/14(Mon) 19:54  

屯田兵村さん、はじめまして。久しぶりに掲示板を覗いてびっくりです!前田角太郎は私のひいじいちゃんです。30年以上前に父親が色々と調べていました。滝川に親戚がいたのと新寿郎さんかは分かりませんが、角太郎の弟が九州にいるという事…あまり成果がなかった様です。北海道に親戚が少ないと聞いているので何か嬉しくて投稿しました。


[96] 前田角太郎と堀口克己について 投稿者:屯田兵村 投稿日:2016/09/16(Fri) 10:03  

93のべっこう様、管理者の方と祖母の養父が親族とのことですね。
祖母は、実父母とは2歳で別れているので、実父母の記憶はなく、堀口の父母が実父母のようなものなので、とても大事に思っていたようで、二人が亡くなるまで、本当の兄弟も探さなかったと聞いたことがありました。

そのご親戚が管理者とのこと、縁を感じます。祖母も今は札幌にいます。情報ありがとうございます。


[95] 初めて拝見しました。 投稿者:北太田 投稿日:2016/08/31(Wed) 23:35  

流れ流れて本日初めて拝見し、母方親族の入植の具合と、兵村の戸割まで見ることができました。最後の士族屯田兵という解説を読み感慨を深くしました。


[94] 江部乙の大崎恒吉氏について 投稿者:屯田兵四世 投稿日:2016/08/25(Thu) 01:34  

江部乙屯田兵について質問です。


滝川市の郷土資料によると、明治27年の入植者の中に「大崎恒吉」という人物がいたと思いますが、どんな功績をのこした人物だとか、具体的な情報は載っていませんでした(見落としがあるのかも知れないですが)。
彼の実弟である大崎栄吉氏は村議会議員や江部乙村長を勤めるなど、かなり詳しく功績が記されているのですが。

大崎恒吉氏について何かわかる情報あればよろしくお願いいたします。







[93] Re:[90] 南滝川と北滝川の山形出身者について 投稿者:べっこう 投稿日:2016/06/13(Mon) 19:27  

> 滝川兵村の堀口克己さん、前田家についてわかることがあれば、(わかる資料でもあれば)教えていただけないでしょうか。

堀口克己さんについては、以下の記載があるページがあり、管理者の方が関連されているようです。

7.1890年(明治23年)
3世代前「堀口 鐙蔵」29才のとき、山形県天童市から「屯田兵」として北海道滝川市に渡る・・・6000年かけたUターン
家系図3、滝川の入植者名簿(代表は堀口克己)

http://www.consulparty.com/jiko1.htm



[92] 編集室 様 投稿者:滝川兵村 投稿日:2016/06/10(Fri) 11:49  

早々のお返事、ありがとうございます。滝川へ博物館等見に行きたいと思います。

89の方と同様山形出身のようで驚きました。

ちなみに、同じく滝川にわたってきた祖母の母は会津若松藩士の娘だったようで、その後若松市の初代助役も務めています。会津若松の図書館に家系図も残っているようです。

祖母の父は山形市内の士族が住む場所にいたようですが、それ以上は調べられていません。
養父母に育てられていたので、実父母のことはよくわからないようです。祖母を養子に出した後に、宮城県涌谷の町長の娘と再婚していました。離村し、どこに行ってどこの墓にいるのか、滝川に手がかりあるかもしれません。

上記のことは、滝川屯田兵でこういう人がいたというのに参考になればと思います。このようなホームページ、掲示板を作ってくださり、感謝いたします。



[1] [2] [3]
処理 記事No 暗証キー
- LightBoard -