熊被害・一已事件

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明治28(1895)年の秋、一已兵村内の通称・二十四戸の東端に熊の出没が目撃され、駆除隊に加わった屯田兵・林彦太郎(愛知県出身)の父が熊に襲われ重傷を負った。
一已兵村では入植当時から夏秋に熊による農作物の被害が相次ぎ、大隊本部は射撃に熟練した者や狩猟経験者を選んで、駆除に当たらせていた。
林らは軍の銃で熊を射止め近付いたところ、仮死状態だった熊が突然襲いかかった。彦太郎の父は頬の肉をそぎ取られたものの、幸い九死に一生を得た。この熊は体重が80貫(約300kg)以上あり、雨竜地区では捕獲第一号となった。
翌29(1896)年秋には、納内兵村に通じる道路脇で熊とアイヌが格闘しているのを大隊の当番卒が発見し、急報を受けた大隊長が捕獲を命じた。捕獲隊は、重傷のアイヌを救助するとともに熊を射殺したが、特務曹長・小原明太郎が尻の肉を咬み取られる傷を負った。

[編集] 出典

『屯田」第16号 < 『雨竜屯田兵村史(全)』(大正2年・1913年)

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