屯田兵及家族教令

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 兵員及家族教令

屯田兵ハ重キ護国ノ義務ヲ負ヒ、且拓地殖産ノ任務ヲ担フモノニシテ、其責任軽カラザルハ言フマデモナク、世ニ比類ナキ政府ノ保護ヲ受クルモノナレバ、官ノ規則ヲ厳重ニ守ルベキハ勿論、猶此教令ニ従ヒテ本務ヲ完ウシ、其厚キ保護ノ大恩ニ報ユルコトヲ勗メザル可ラズ。


一、汝等ノ服スル屯田兵役ハ、兵役相続ノ法アリテ独リ兵員ノ一身ニ止マラズ、延イテ子弟ニモ及ブモノニシテ、屯田兵ノ一家ハ取モ直サズ往昔ノ武門武士ノ列ニ加ハリタルニ等シケレバ、兵員ハ勿論家族ニ至ルマデ専ラ忠節ヲ重ンジ、武勇ヲ尚ビ、廉恥ヲ思ヒ、志操ヲ堅クシ、苟クモ武門武士タル体面ヲ汚スノ事之レアル可ラズ。


二、汝等ノ身命ハ上 天皇陛下ニ捧リシモノニシテ、自身ノ身命ニハアラザルナリ。故ニ苟クモ自己ノ不養生ヨリ疾病ヲ醸シ、又ハ不心得ヨリ罪ヲ犯ス等ノ事之レアル可ラズ。万一之レアルトキハ不忠此上モナケレバ、常ニ衛生ニ注意シ、言行ヲ慎ミテ、身命ヲ大切ニセザル可ラズ。


三、汝等ハ何時如何ナル命令アルモ直ニ其命令ニ従ハザル可ラザルガ故ニ、兵員ハ申スニ及バズ、家族ニ至ルマデ、俄カニ出戦等ニ臨ミテ聊カモ差支ナキ様、平常ヨリ其ノ万端ノ用意ヲ整ヘ置カザル可ラズ。


四、汝等ハ当初或ル年限ノ間扶助米、塩菜料ノ厚キ給与ヲ受クルト雖、其給与ノ止ミタル後ハ拓地殖産ノ事業上ヨリ得ル収益ヲ以テ一家ノ生計ヲ立ツルモノナレバ、若シ其事業ニシテ発達セザルトキハ一家ノ生計立タザルニ至ルベシ。然ルトキハ縦令軍事上ノ技倆ハ如何程ニ優レタリトモ、護国ノ大任ヲ尽スコト能ハザルニ至ルベケレバ、能ク此義ヲ相弁へ一家心ヲ協ハセテ農事ヲ励マザル可ラズ。


五、兵員ハ戦時ハ勿論平時ト雖軍事上ノ任務ヲ帯ブルヲ以テ、農業ニノミ従事スルヲ得ザレバ、其家族タルモノハ兵員ノ力ヲ頼マズ互ニ心ヲ励ミ力ヲ協セテ開墾耕稼ノ事ニ従ヒ、兵員ヲシテ只管兵役ノ任務ヲ尽サシムル様ナサザル可ラズ。


六、上官ノ命令訓令等ハ汝等ヲシテ忠勇ナル軍人タラシメ、善良ナル兵村民タラシムル基本ニシテ、慈愛ナル父母ノ子女ヲ撫育薫陶スルト異ラザレバ、兵員ハ勿論家族ニ至ルマデ、上官ハ之ヲ父母ト心得、上官ノ命令訓達ハ表裏ナク従順ニ之ヲ守ラザル可ラズ。


七、武器ハ国ヲ守リ身ヲ托スル軍人ノ魂トシテ観ルベキ大切ナ品ナレバ、常ニ丁寧ニ手入レヲナシ、一定ノ場所ニ架ケ置キ、兵員ノ外ハ父兄タリトモ之ニ手ヲ触ル可ラズ。
八、被服ハ常ニ一定ノ場所ニ差置キ、兵員ヨリ補修洗濯ヲ命ジタルトキノ外ハ家族ハ一切之ニ手ヲ触ル可ラズ。就中靴ハ濫ニニ用ヒ易キヲ以テ、軍事用ノ外ハ暫時タリトモ決シテ穿用セザル様精々注意ス可シ。


九、兵村ハ汝等ガ墳墓ノ地ト定メ、子孫繁栄ノ基ヲ開ク場所ニシテ、汝等ハ乃チ其祖先ナレバ、村内ノ風俗ハ極メテ善良ナラシメザル可ラズ。是レ其ノ祖先タルモノノ勗ムベキ義務ナレバ、汝等ハ一人トシテ各其ノ身ノ行状ヲ正シ、父母ヲ大切ニシテ長上ヲ敬ヒ老ヒタル者ハ之ヲ恤リ、幼キ者ハ之ヲ導キ、夫婦和ギ、兄弟互ニ睦ミ、村友ニ信ヲ失ハザル様心掛ケ、一村トシテ利害相同ジフシ、緩急相救ヒ、全村恰カモ一家親類ニ異ナラザル如キ良風美徳ヲ養成スル様心掛ケザル可ラズ。


十、汝等ハ万事質素ヲ旨トシ、勤倹ヲ守リ、北海ノ一弊害タル驕奢ノ風ニ感染スベカラズ。万一ニモ驕奢ノ風ニ感染スルトキハ、啻々兵農ノ本務ヲ完ウスル能ハザルノミナラズ、汝等ノ不幸モ亦甚ダシケレバ、常ニ質素倹約ヲ守リ、驕奢ケ間敷事之ナキ様心掛ケザル可ラズ。


十一、汝等ハ新ニ北海道ニ移住シ、親族故旧ニ乏シキガ上ニ、隣保モ亦同時ニ移住セシモノニシテ皆同様ノ有様ナレバ、互ニ独立自営ノ覚悟ヲナシ、他人ノ助力ヲ頼ム可ラズ。因テ常ニ用度ヲ節シ、金穀ヲ貯へ置キテ、不時ノ災害ニ備フベシ。又天災地変等ノ大ナル災害ハ到底一人一個ノ力ニテ之ガ備ヲナス能ハザレバ、全村共同シテ予メ互救ノ法ヲ設ケ置キ、万一ノ時困難セザル様心掛ケザル可ラズ。


十二、子弟ノ風儀ハ兵村ノ面目ニ拘ハルノミナラズ、将来ノ発達ニモ関スルモノナレバ、子弟ノ教育ニハ最モ重キヲ置キ、忠孝ノ道ヲ重ンジ、武勇ヲ尚ビ、信義ヲ守リ、礼儀ヲ正シウシ、善良活発ナル人トナラシムル様訓誨誘導セザル可ラズ。


十三、葬儀ニハ隣保互ニ相助クベキハ勿論ナレドモ、濫リニ多人数打寄リ飲食等ヲナシ、葬家ヲシテ不幸悲哀ニ加フルニ無用ノ費用ヲ重ネシムルガ如キ不都合之レアル可ラズ。又徒ラニ金銭物品ノ贈答ヲナスガ如キ虚礼モ亦ナス可ラズ。葬祭弔礼ノ要ハ各自互ニ嬉栽談笑ヲ慎ミ、起挙動作ノ間ニモ弔意ノ顕ルル様ナスモノナレバ、弔意ヲ表ハス事ヲ専一トシ、之ヨリ以外虚礼ニ陥ラザル様心掛ケザル可ラズ。


十四、婚嫁其ノ他祝儀ニハ専ラ質素ヲ旨トシ、虚飾虚礼ハ之ヲ去リテ礼儀丈ケヲ正格ニ執行スベシ。況シテ平素ハ濫リニ打寄リテ酒宴ヲ催ス様ノコトハ毛頭ナス可ラズ。


十五、毎月指定ノ日ニハ説教所ニ至リ、法話ヲ聴聞シテ、益々徳義心ヲ養ヒ、兼ネテハ全村老幼話合セテ親睦ヲ図ルベシ。


十六、一身一家ノ利益ヲ図ルハ素ヨリ大切ナレドモ、一身ヲ益スルガ為メニ害ヲ他人ニ及ボシ、一家ヲ利スルガ為メ全村ノ利益ヲ害スルガ如キハ、之レ私利私欲ニ迷ヒタル僻事ナレバ決シテナスベカラズ。兵村公共ノ為ニハ一身一家ノ利益ハ顧ミザル様心掛ケザル可ラズ。


十七、博奕ハ勿論。之ニ類似ノ遊戯ハ如何ナル場所ニ於テモ決シテナスベカラズ。


十八、心身ノ健康ハ万事ノ基ナレバ、宜シク衛生ニ注意シ、身体衣服ハ勿論、兵屋ノ内外、井戸ノ周囲、其ノ他圊厠ニ至ルマデモ清潔ニシ、溝渠ノ疎通方ヲ怠ル可ラズ。


十九、汝等郷里ノ風習ニモ善良ナルモノアルベク、又善良ナラザルモノモ之レアルベシト雖モ、久シク耳目ニ慣ルルモノハ容易ニソノ善悪ヲ知リ別ケ難キモノナレバ、郷里ノ風習ニシテ此教令ニ違フモノハ之ヲ捨テ、之ニ違ハザルモノハ維持スル様努ム可シ。


二十、兵員家族ニシテ一人タリトモ此教令ニ違ヒ不都合ノ行為アル時ハ、独リ其ノ者一家ノ名誉利害ニ拘ハルノミナラズ、延イテ兵村全体ノ名誉利害ニ関スレバ、一家内ハ申スニ及バズ、他人ニ於テモ其ノ之アルヲ知リタル時ハ密カニソノ本人ニ訓誨忠告ヲナシ、速カニ改ムル様、互ニ相勗ムベシ。若シ訓誨忠告再三ニ及ブモ尚悛メザルトキハ、上官ニ申出デ何分ノ所置ヲ仰グベシ。


右教令ノ件々堅ク相守ルベキモノトス。


明治二十三年十月 


                    

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