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  開拓の歴史を未来へとつなげる旭川屯田兵4世

    旭川兵村記念館副理事長・旭川神社宮司

芦原 髙穂 さん


 ―子どもたちに屯田兵と開拓の歴史をもっと知ってもらうということでは、北海道屯田倶楽部は、まず学校の先生ら大人向けの「屯田兵に関する郷土学習指導ガイド」の作成を目指しています。なんといっても視聴覚教育が有効なので、「道新こども新聞」に掲載されたイラスト教材を活用した学習法を検討しているところですが、「屯田絵巻」も良い教材になるのではないかと考えています。


 
確かに歴史を正しく理解することが重要だと思いますが、最近気になるのは、開拓の歴史文化と先住民の歴史文化をいたずらに対立させて、屯田兵があたかも抑圧者の先兵か侵略のシンボルであったかのように扱おうとする風潮が広がっているように感じられることです。開拓の「負の歴史」を理由の一つとして「北海道開拓記念館」から「開拓」の文字を削った「北海道博物館」が、展示等の事業においても開拓の歴史を軽んじているように見えるのは甚だ残念であり、近代的な農水産業の基盤を築き、道民の今ある暮らしの礎ともなった先人に対して非礼ではないかと思います。


「開拓の歴史」を軽視する

風潮は間違っている 


 展示会場では、廣澤徳治郎から拓銀に渡ったと思われるアイヌを描いた絵が、屯田兵とはまったく関連のない樺太アイヌの強制移住の説明として使われているのを見て、非常に驚きました。先住民族の権利や文化を尊重する立場から歴史を見ることは必要なことですが、そのあまり現在につながる歴史を見誤っているのではないかとさえ感じます。


 ―私も、屯田兵を「抑圧者の手先」として描いた映画を見た時は慄然としました。問題なのは、そうした扱い方以上に、情報化時代においては絶対悪としてステレオタイプ化されて、それがアッという間に巷間に伝わってしまうことです。そうした意味でも、「屯田兵絵物語・屯田絵巻」などが文化財に指定されたのを好機ととらえて、屯田兵と北海道開拓の実像についての正しい理解を広げる工夫と努力が必要だとあらためて感じました。旭川兵村記念館は、そうした情報の発信基地としても盛り立てて行かれることを期待しております。

(聞き手・梶田博昭)


 【メモ:旭川兵村記念館】

 昭和37(1962)年の開村70周年を機に旭川神社の事業として、屯田兵と開拓の資料を境内旧社殿に展示したのが始まり。博物館としての拡充を目指して昭和55(1980)年に財団を設立し、昭和57(1982)年4月に開館した。現在千数百点ある展示資料のうち、「屯田兵第三中隊記録」「屯田兵絵物語原画綴」は旭川市指定文化財。館内には郷土史研修室などの学習の場が設けられ、併設の剣道場「剣風館」はさまざまな住民活動の場ともなっている。

 4月下旬から10月下旬まで、火曜休館日を除き午前9時~午後4時半開館。入館料は、大人500円、高校・大学生400円、小中学生200円。旭川市東旭川南一条6丁目3-26。電話0166-36-2323。

        



 
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