北海道屯田倶楽部

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さらば..えぞ地 松本十郎伝


 北海道の名付け親・松浦武四郎や札幌の開祖・島義勇らと同じ開拓判官として、明治初期の蝦夷地の開拓事業を推進した。一般の知名度はそう高くない人物だが、その足跡や心情がつまびらかにされて行くに連れ、「官僚」の持つ支配者的なイメージとは対極にある、人間的な魅力が浮かび上がってくる。


 樺太アイヌの移民をめぐる開拓長官・黒田清隆との対立をきっかけに、義憤の末に自ら職を辞すると、故郷・庄内に帰り、一農民として生涯を送った。その身の処し方の潔さも魅力の一つだが、上司に異を唱え、顕職(高い地位の官職)を捨ててでも「愛隣」の情を大切にしようとした行為にこそ、ひかれるものがある。


 松本十郎(1840-1916年)の業績を通して、開拓史とアイヌの関わりや移民をめぐる論議の実像が描かれていて興味深い。また、明治政府の要人を含む周辺人物や、維新前後の混乱に揺れ動く諸藩の状況なども、歴史研究家らしい視点で丹念に描かれており、史料写真も数多く掲載されている。

 一節抜粋


 彼は律儀にも、《自分の意見が正しくても、勅命で任ぜられた大判官という職を辞した以上、自分は以降、一切顕職には就くべきでない》と考えた。

 十郎は、当時の士族としては珍しいほどに、庶民の心、痛みがわかる近代的な性格を持っていた。それでいて彼は、実はもっとも「武人としての誇り」を大事にする、いわば〝古武士〟のような男でもあったのだ。

著:北国諒星

刊:北海道出版企画センター

2010年6月発行

1,600円