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*1872(明治5)年6月 福岡県久留米の藩士の家に生まれる
 
*1891(明治24)年 屯田兵として東永山兵村に入植
 
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*1921(大正10)年 俳誌『時雨』を創刊
 
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*1952(昭和27)年9月 帯広で病没、享年80歳
  
 
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2013年12月2日 (月) 12:00時点における版

牛島 藤六(うしじま とうろく 本名・虎之助=とらのすけ) 明治5年(1872)年〜 昭和27年(1952年)
明治24(1891)年に鹿児島県より東永山兵村(兵屋番号257番)に入地した屯田兵。
北海道で最初の俳誌『時雨」の創刊者で、北方季題の発掘に力を尽くすなど、北海道俳句の源流を築いた俳人。


目次

経歴

  • 1872(明治5)年6月 福岡県久留米の藩士の家に生まれる
  • 1891(明治24)年 屯田兵として東永山兵村に入植
  • 1921(大正10)年 俳誌『時雨』を創刊
  • 1952(昭和27)年9月 帯広で病没、享年80歳

業績

北海道内を行脚しながら北方季題の発掘と郷土俳句の普及に努め、後に北海道俳壇の指導者となる俳人を数多く育てた。
道南の知内町に「草枕 宵々に春の 月ありて」と刻んだ句碑がある。

人物評、エピソード

著作

句集『牛島藤六句集』

関連資料

伝記


史跡、博物館

知内町のイカリカイ駐車公園に、唯一とされる句碑がある。

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