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[[上原轍三郎]](うえはら てつさぶろう) 1883(明治16)年8月25日〜1972(昭和47)年2月27日
 
[[上原轍三郎]](うえはら てつさぶろう) 1883(明治16)年8月25日〜1972(昭和47)年2月27日
  
日本の農業経済学者で、専門は拓殖学、殖民学、開発政策。屯田兵研究の嚆矢とも言える『北海道屯田兵制度』を著し、北海道開発の理論的指導者、教育者として北海道開発計画の策定や人材育成に力を注いだ。北海道帝国大学教授、北海道大学名誉教授、北海学園大学の初代学長。
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日本の農業経済学者で、拓殖学、殖民学、開発政策に関する研究分野で大きな功績を残した。
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明治末期に屯田兵研究の嚆矢とも言える『北海道屯田兵制度』を著し、戦前戦後を通じて北海道開発の理論的指導者、教育者として北海道開発計画の策定や人材育成に力を注いだ。
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北海道帝国大学教授、北海道大学名誉教授、北海学園大学の初代学長。
  
 
== 経歴 ==
 
== 経歴 ==
  
*1883年 [[広島県]][[山県郡 (広島県)|山県郡]]南方村(現・[[北広島町]])生まれ。
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*1883年 8月25日、広島県山県郡 南方(みなみがた)村(現・北広島町)生まれ。
*1905年 旧制日彰館[[旧制中等学校|中学]](現[[広島県立日彰館高等学校|広島県立日彰館高校]])を経て[[札幌農学校]]入学。
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*1905年 旧制日彰館中学(現広島県立日彰館高校を経て[[札幌農学校]]入学。
 
*1912年 [[東北帝国大学農科大学]](現・[[北海道大学]][[農学部]])卒業。
 
*1912年 [[東北帝国大学農科大学]](現・[[北海道大学]][[農学部]])卒業。
*卒業後、同大学[[助手 (教育)|助手]]、[[助教授]]を経て、[[ヨーロッパ]]へ[[留学]]。
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*1914年 5月、卒業論文『北海道屯田兵制度』を北海道庁より刊行。10月、東北帝国大学助教授に任官。
*1927年 帰国後、[[北海道帝国大学]][[教授]]に就任し「拓殖学」を開講する。
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*1917年 3月、東北帝国大学農科大学第一農場主任兼第四農場主任となる。
*1943年 北海道大学より [[農学博士]]。論文の題は「北海道開拓土地制度の研究」<ref>博士論文書誌データベース</ref>。
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*1922年 11月、北海道帝国大学農学部農政学殖民学分担。
*1946年 [[北海道大学]]を停年退官。同大学[[名誉教授]]。[[北海道総合開発調査委員会]][[委員長]]に就任。
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*1924年 3月、北海道庁より『甜菜糖業の発達とその保護政策』を刊行。11月、殖民学研究のため欧州各国に留学。
*1950年 北海学園名誉学園長[[戸津高知]]に請われ、[[北海短期大学]]学長に就任
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*1927年 12月、南米を経て帰国、殖民学講座担任。
*1952年 北海学園大学学長に就任
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*1928年 7月、満州国に出張。
*1954年 同大学図書館長に就任( - 1964年)
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*1931年 3月、北海道帝国大学教授に任官。
*1956年 学校法人北海学園理事長に就任。
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*1934年 1月、北海道帝国大学附属図書館長兼任。
*1957年 [[北海学園大学開発研究所]]初代所長に就任。
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*1936年 4月、小樽高等商業学校講師(農業政策及び植民政策)。12月、日本学術振興会特別委員会委員委嘱委員会委員委嘱。
*1968年 理事長・大学学長・短期大学学長を退任し、[[名誉称号|名誉学園長]]に就任( - 1972年)。
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*1937年 南洋庁の委嘱により南洋各島を視察。10月、北海道帝国大学北方文化研究室主任に就任。
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*1938年 11月、九州帝国大学法文学部において植民政策講義担当。
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*1940年 東北帝国大学における植民政策講義担当。
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*1942年 2月、九州帝国大学において植民政策講義担当。
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*1943年 11月、「北海道土地制度の研究」により [[農学博士]]の学位取得。
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*1945年 10月、臨時北海道拓殖研究室長委嘱。
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*1946年 1月、北海道農地委員会委員に就任。3月、[[北海道大学]]教授退任。8月、北海道総合開発調査委員会開拓専門委員長に就任。
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*1948年 5月、北海道大学名誉教授。
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*1950年 3月、北海学園名誉学園長[[戸津高知]]に請われ、[[北海短期大学]]学長に就任。7月、北海道開発審議会委員に就任。
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*1952年 北海学園大学学長に就任。
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*1956年 5月、学校法人北海学園理事長に就任。
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*1957年 4月、北海学園大学開発研究所の初代所長に就任。北海道海外協会長に就任。
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*1961年 8月、北海道史編集審議会長委嘱。
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*1964年 3月、論文集『土地と人口』刊行。11月、拓殖政策の研究及び私学振興の功績により北海道文化賞受賞。
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*1965年 北海学園大学長、北海学園理事長の職を退く。
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*1961年 4月、財団法人人口問題研究会理事委嘱。12月、私立学校振興会評議員に就任。
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*1968年 北海学園名誉園長に就任。
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*1970年 9月、拓殖政策の研究並びに私学振興に尽くした功績により北海道開発功労賞受賞。
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*1972年 2月27日、88歳で逝去。
  
北海道開拓史の研究分野で優れた業績を残し、[[屯田兵]]制度や開拓土地制度などについての多くの著書を残した。戦前・戦後に於ける北海道開発の理論的指導者であった。また[[私学]]振興の面で大きな功績を果たし、自由で清新な[[学風]]建設に寄与した。
 
  
== 受賞歴 ==
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== 業績 ==
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:屯田兵研究の先駆けとなり、著書『北海道屯田兵制度』はその後の屯田兵研究のバイブル的な基礎文献となった。
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:人口と土地の調和を重視する拓殖理論は、戦前戦後を通じて北海道開発計画の基盤となり、諸外国の植民政策にも影響を与えた。
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:北海道における私学振興に尽力し、北海道の開発発展を担う人材の育成に貢献した。
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=== 受賞歴 ===
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*[[北海道文化賞]](1964年)
 
*[[北海道文化賞]](1964年)
 
*北海道開発功労賞(1970年)
 
*北海道開発功労賞(1970年)
  
== 業績 ==
 
  
 
== 人物評、エピソード ==
 
== 人物評、エピソード ==

2013年5月5日 (日) 12:20時点における版

上原轍三郎(うえはら てつさぶろう) 1883(明治16)年8月25日〜1972(昭和47)年2月27日

日本の農業経済学者で、拓殖学、殖民学、開発政策に関する研究分野で大きな功績を残した。

明治末期に屯田兵研究の嚆矢とも言える『北海道屯田兵制度』を著し、戦前戦後を通じて北海道開発の理論的指導者、教育者として北海道開発計画の策定や人材育成に力を注いだ。

北海道帝国大学教授、北海道大学名誉教授、北海学園大学の初代学長。

目次

経歴

  • 1883年 8月25日、広島県山県郡 南方(みなみがた)村(現・北広島町)生まれ。
  • 1905年 旧制日彰館中学(現広島県立日彰館高校を経て札幌農学校入学。
  • 1912年 東北帝国大学農科大学(現・北海道大学農学部)卒業。
  • 1914年 5月、卒業論文『北海道屯田兵制度』を北海道庁より刊行。10月、東北帝国大学助教授に任官。
  • 1917年 3月、東北帝国大学農科大学第一農場主任兼第四農場主任となる。
  • 1922年 11月、北海道帝国大学農学部農政学殖民学分担。
  • 1924年 3月、北海道庁より『甜菜糖業の発達とその保護政策』を刊行。11月、殖民学研究のため欧州各国に留学。
  • 1927年 12月、南米を経て帰国、殖民学講座担任。
  • 1928年 7月、満州国に出張。
  • 1931年 3月、北海道帝国大学教授に任官。
  • 1934年 1月、北海道帝国大学附属図書館長兼任。
  • 1936年 4月、小樽高等商業学校講師(農業政策及び植民政策)。12月、日本学術振興会特別委員会委員委嘱委員会委員委嘱。
  • 1937年 南洋庁の委嘱により南洋各島を視察。10月、北海道帝国大学北方文化研究室主任に就任。
  • 1938年 11月、九州帝国大学法文学部において植民政策講義担当。
  • 1940年 東北帝国大学における植民政策講義担当。
  • 1942年 2月、九州帝国大学において植民政策講義担当。
  • 1943年 11月、「北海道土地制度の研究」により 農学博士の学位取得。
  • 1945年 10月、臨時北海道拓殖研究室長委嘱。
  • 1946年 1月、北海道農地委員会委員に就任。3月、北海道大学教授退任。8月、北海道総合開発調査委員会開拓専門委員長に就任。
  • 1948年 5月、北海道大学名誉教授。
  • 1950年 3月、北海学園名誉学園長戸津高知に請われ、北海短期大学学長に就任。7月、北海道開発審議会委員に就任。
  • 1952年 北海学園大学学長に就任。
  • 1956年 5月、学校法人北海学園理事長に就任。
  • 1957年 4月、北海学園大学開発研究所の初代所長に就任。北海道海外協会長に就任。
  • 1961年 8月、北海道史編集審議会長委嘱。
  • 1964年 3月、論文集『土地と人口』刊行。11月、拓殖政策の研究及び私学振興の功績により北海道文化賞受賞。
  • 1965年 北海学園大学長、北海学園理事長の職を退く。
  • 1961年 4月、財団法人人口問題研究会理事委嘱。12月、私立学校振興会評議員に就任。
  • 1968年 北海学園名誉園長に就任。
  • 1970年 9月、拓殖政策の研究並びに私学振興に尽くした功績により北海道開発功労賞受賞。
  • 1972年 2月27日、88歳で逝去。


業績

屯田兵研究の先駆けとなり、著書『北海道屯田兵制度』はその後の屯田兵研究のバイブル的な基礎文献となった。
人口と土地の調和を重視する拓殖理論は、戦前戦後を通じて北海道開発計画の基盤となり、諸外国の植民政策にも影響を与えた。
北海道における私学振興に尽力し、北海道の開発発展を担う人材の育成に貢献した。

受賞歴


人物評、エピソード

著作

関連資料

伝記

史跡、博物館

旧永山武四郎邸

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