「太田屯田の赤松」の版間の差分
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太田屯田の赤松は、屯田兵が太田地区に入植した明治23年に第4大隊第3中隊長の岩淵繫隆が、寒さの厳しいこの地方で開墾や兵役を行う屯田兵たちの心を少しでも慰めようと、郷里の青森県から赤松の種を取り寄せ、苗にして当時の太田村各地に植えたものであるj。 | 太田屯田の赤松は、屯田兵が太田地区に入植した明治23年に第4大隊第3中隊長の岩淵繫隆が、寒さの厳しいこの地方で開墾や兵役を行う屯田兵たちの心を少しでも慰めようと、郷里の青森県から赤松の種を取り寄せ、苗にして当時の太田村各地に植えたものであるj。 |
2025年1月27日 (月) 23:27時点における最新版
太田屯田の赤松は、屯田兵が太田地区に入植した明治23年に第4大隊第3中隊長の岩淵繫隆が、寒さの厳しいこの地方で開墾や兵役を行う屯田兵たちの心を少しでも慰めようと、郷里の青森県から赤松の種を取り寄せ、苗にして当時の太田村各地に植えたものであるj。
本来、この木は北海道南部が自生の北限とされているが、現在太田地区には、報国寺の境内に3本残っているのをはじめ、学校や個人の土地などに合わせて22本が確認されている。
屯田兵の心の支えとして大きな役割を果たしたこれらの赤松は、寒さの厳しい道東地方では非常に珍しく、また、太田地区開拓の歴史を知るうえで貴重なため、昭和42年10月1日に厚岸町の天然記念物に指定されている。