北海道屯田倶楽部

Book Guide

 

昭和天皇の親代わり

鈴木貫太郎とたか夫人


 終戦時の首相・鈴木貫太郎は、侍従長時代に起きた二・二六事件で反乱軍の襲撃を受け、辛くも一命を取り止めた。このとき身を挺して青年将校を説得したたか夫人(1883-1971)のエピソードは伝えられているが、クリスチャンでもあった彼女が幼少期の昭和天皇(迪宮)の養育掛を務めていたことはあまり知られていない。


 北海道の屯田兵研究を続けている筆者は、たかが札幌農学校の二期生・足立元太郎の長女と知り、執筆に駆り立てられたという。本書では、同期の内村鑑三や新渡戸稲造らに比べると無名で、歴史に埋もれかかった一キリスト者の元太郎の思想と足跡にも光が当てられている。


 プロテスタントの教えとクラーク精神を受け継いだ父・元太郎によって、たかはどのように育てられたのか。その教えや精神は、果たして幼い天皇の心にも影響を及ぼしたのか。「たかとは母親と同じように親しんだ」と記者会見で述懐した天皇の言葉を元に、その実像に迫っていく。「父代わり」であった貫太郎の生きざまも詳細に描かれ、現代史としても読み応えがある。

 一節抜粋


 迪宮がなにか声をかけてくれたようだったが、たかは緊張して耳に入らず、ただ最敬礼するばかりだった。宮廷には元公家の子女など高貴な身分の女官が大勢いる。しきたりや規則が厳しく、市井で育った自分が宮中という別世界の中で生きていけるだろうか。たかは次々と湧いてくる不安で押しつぶされそうになった。

(第五章たか皇居へより)

著:若林滋

刊:中西出版

2010年6月発行

1,800円